いわき明星大学

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科学に未来を託す

平成12年11月10日掲載

第1回 吸水性をもつ糖質とその応用

いわき明星大学 理工学部基礎理学科教授 小川和鋭

 多量の水を吸い取って、べとつかずにふくれ上がる性質、いわゆる吸水性をもつ物質がある。デンプン誘導体など糖質系高分子とアクリル酸ソーダ重合体など樹脂系高分子に大別され、ともに微少なすき間を含む三次元構造をもっている。「吸水性」は高分子の水に溶けて広がろうとする性質とそれを許すまいとする性質が釣り合って、水を捕らえるために起こる現象と言うことができる。

 二十数年前のこと、パルプ会社でカルボキシメチルセルロース(CMC)を研究中、偶然に吸水性CMCを安価な方法で製造することができることを知った。CMCとは糊として広く利用される粉末で、セルロース繊維の誘導体であるから糖質の仲間であると言える。紙おむつや生理衛生用品の衛生材料に最適と考えて、この物質の製法特許を出願し、厚生省や関係業界を訪ねて精力的に動いたが、衛生材料と決めるにはシート状とする必要があるとの見解が出され、商品化はできなかった苦い思い出がある。CMCをシート状にするには溶媒を用いるほか無いが、コストがかかり、採算が取れない。厚生省の担当者は、当初から吸水性物質の使用に極めて消極的であった。それは、汚水として処理されるはずの部分が、燃えにくい生ゴミとして処理されることを心配したからである。今日、わが国では吸水倍率が千倍にも達する樹脂系高吸水性物質が主流となっているが、米国や欧州では糖質系のCMCやデンプン誘導体が主流であると聞いており、この差は一体何かと考えざるを得ない。

 さて、昭和62年、いわき明星大学で教育研究活動をすることになって、新たに、「吸水性の糖質をつくる微生物の探索」のテーマにも取り組むことにした。「樹脂系」である高吸水性物質が全盛であるとは言え、将来、生物分解性に富み、食品にも応用できる「糖質系」も必要となる時が来るであろうと思ったからである。黒い土1グラムには数億個もの微生物がすんでいるが、上記のテーマに叶う微生物は極めて少ない。そのため、微生物の探索には、何よりも「きっと出会える」との強い意志をもつことが必要で、このことは教育的にも意味がある。やがて卒業研究も始まり、学生達は土を採取してはこつこつ実験を繰り返し、手順書を完成させ、また、吸水倍率100〜200倍の糖質をつくる微生物と共に新しい構造をもつ糖質も発見して予想以上の成果を上げた。この過程で、冷凍食品を解凍する時に汁が分離する離水現象を、冷凍に強い糖質を添加することによって防止できないか、との問い合わせを得て、それ以来、手順書に離水防止性試験の項目を追加して検討している。この冷凍に強い吸水性物質に関するテーマは本学のハイテクリサーチセンター研究課題の一つに認められたが、既に、2種の有望な微生物(細菌)を見出し、研究は細菌の学名決定(ジャンチノバクテリウム、リビディウム、シュウドモナス、メフィティカ)から生産された糖質の化学構造を決定する段階へと進んでいる。

 ところで、世界人口は60億人の大台を突破し、なお、増加の傾向にあり、乾燥地域の緑化や水を有効に利用する農業への転換は、地球規模での優先課題となっている。吸水性の糖質をつくる微生物と植物分解性の微生物を共に農産廃棄物に作用させることで、もし、「保水性のある有機肥料」の製造が可能となれば、世の中に大きく貢献できると、懸命に実験する学生と共に夢は益々広がるばかりである。

 



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平成12年12月9日掲載

第2回 環境と分析 −分析化学の役割と使命−

いわき明星大学 教養部(環境理学科兼担) 助教授 佐藤 健二

 1992年6月にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで地球サミットが開催され、環境と開発に関する国際的な原則を確立するための宣言が採択された。いわゆるリオ宣言である。具体的に先進国において言えば、これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄を改め省エネルギーやリサイクルなど環境保全に貢献する技術の開発や社会的施策を実施するというものである。それから10年近く経ち21世紀を迎えようとしている今、過去に起こった有害な化学物質に係わる様々な環境問題は我々の健康や生態系への影響に関して深刻に受け止めざるをえないほど大きな社会的関心を高めた。

 そのような社会及び生活環境の中で有害な化学物質から身を守るためには、まず、それら化学物質を認識・識別そして数値化しなければならないが、その方法は色々ある。我々の五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)もその1つであり、物の形、量、匂い(又は、臭い)そして味などを認識したり、2種以上の物を識別することができる。では五感のうち味覚による識別が可能かどうかを"醤油"と"海水"を例にして考えてみたい。どちらも塩辛い物であることは誰もが認識しているが、醤油と海水の鹹味(かんみ、塩辛い味)を比較した時どちらが塩辛く感じるだろうか。鹹味の度合を両者に含まれる食塩分で数値化すると海水は3%、これに対し醤油は平均17%程度であると言われている。従って、答えは醤油と言うことになる。五感の中で味覚と嗅覚については主観的な要素が入りやすいと言われているが、他の感覚で的確に識別できるかというと困難な面もある。ましてや五感で認識・識別できない有害な化学物質に対してはどのように対処したらよいのであろうか。

 環境問題をひき起こしている有害な化学物質の多くは非常に微量であるため高選択・高感度な分析機器でしか認識・識別そして数値化できないのが現状である。しかし最近、不用意に公表された分析データにより製造メーカーや生産農家が被害を受けたり、又、分析データの捏造事件も起きている。これらのことは分析化学を専門とする者にとって社会的責任を痛感させられる出来事であった。将来、益々複雑かつ低濃度の有害な化学物質を分析対象としなければならないと予想される中で、得られた分析データを客観的な立場で解析することは勿論のこと、信頼性の高い分析データを得るための分析試料の採取法や分析操作法の改良、そしてより簡便で高感度に分析できる手法を開発することは重要である。なぜなら、新たな環境問題をひき起こす有害な化学物質をいち早く特定することで汚染地域の拡大などを防止することになるからである。その意味では、分析化学者の果たす役割と使命は非常に重要である。

 現在、基礎理学科学生の卒業研究を指導しているが、そこでは化学発光法を利用した各種乱用薬物の高感度分析法の開発や各遺跡から出土した人・動物の化石骨に含まれる金属元素を分析することによって弥生・縄文時代までの年代判定が可能かどうかについてなど研究している。毎年、研究室に入ってくる学生達は、より信頼性の高い分析データを得るため精力的に実験し卒業していくが、そこで得られた成果は着実に目標へ近づいている。来年度より設置される「環境理学科」では、生命と環境に係わる教育と研究、そして環境問題に対処でき得る人材などの育成を目標としているが、そうした中で我々の研究室もより「環境」を意識した研究を展開していこうと考えている。

 



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平成13年1月10日掲載

第3回 「極限環境を好む微生物たちへの期待」

いわき明星大理工学部  環境理学科教授   関口 武司

 地球上に生命が誕生して40億年といわれている。この地球上に最も多量に生息している生物は、動物でも、植物でもない、微生物である。ヒトの細胞数は60兆個といわれているが、その体、皮膚、口や腸の中は微生物がいっぱいで、その数は実に100兆個と推定されている。幸い、微生物を直接見ることができないので、不安なく生きていられる。微生物は、動物の体内だけではなく、植物にも、そして土の中にもいる。肥沃な畑や水田の土1g中には、なんと10億個以上の微生物が生息している。

 微生物の環境適応能力は想像以上に高く、私たちの住んでいる普通の環境とかけ離れた、高温、低温、高アルカリ、高酸性、高塩濃度などの過酷な環境を住みかとしている"かわりもの"の微生物が存在する。好熱菌、好冷菌、好アルカリ菌、好酸菌、好塩菌など、極限環境微生物は、その環境に耐えているのではなく、むしろ好んで生きている。彼らの立場からは、たとえば超好熱菌にとって100℃、110℃という高温環境が正常で、一般的に正常と考えられている30℃前後の温度は逆に極限環境となる。このように、極限環境とはあくまで相対的で絶対的なものではない。この特殊環境に生きる微生物の存在は、生命の多様性の象徴であり、その生き方を探ることによって、生命の可能性と限界について多くのことを学ぶことができる。また、彼らの持つ特殊な能力の研究から得られる情報は、新しい産業を生み出す原動力にもなる。

 好熱菌の最も魅力的な点は、それが高温でも耐えられる安定な酵素を生産することである。好熱菌酵素の多くは、常温でも長期間安定である。この特性を生かして、糖尿病の診断に欠かせない血液中のグルコース濃度等の診断用試薬として利用されているものがある。また、好熱菌酵素があって初めて成立した技術に、人工的にDNAを多量に増やすPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法がある。この方法は、髪の毛1本からでもDNAを増幅することが可能で、遺伝子病の診断、血縁関係の確認、犯罪捜査にも利用されている、応用範囲の広い技術である。私達の生活の極く身近で利用されている極限環境微生物の酵素に、好アルカリ菌が生産するプロテアーゼとセルラーゼがある。これらの酵素はアルカリ性で高い活性を示し、洗浄力を高めるために、洗剤に加えて広く利用されている。また、好塩菌は最も古くから利用されている極限環境微生物である。私達の祖先は、知らず知らずのうちに、塩濃度を高めることによって普通の細菌の増殖を抑え、好塩菌が活躍できる環境をつくり出すことで、味噌、醤油、漬け物や塩辛などの独自の風味を醸し出す食品を製造してきた。飽和食塩濃度で生育する高度好塩菌の細胞膜にはバクテリオロドプシンという、光を吸収してそのエネルギーを化学エネルギーに変換する特殊なタンパク質が存在している。このタンパク質を生物素子として利用し、光を情報の媒体とするバイオコンピューターを実現しようとの提案がある。バイオコンピューターは、半導体デバイスを用いたコンピューターに比較し、1/50の大きさで、約1、000倍の演算速度が可能になるといわれている。

 21世紀の科学技術は人に優しく環境に優しいバイオテクノロジーが中心になると予想され、殊に特殊な能力を持つ極限環境微生物の果たす役割は大きいと期待されている。酵素の中には、たった一つのアミノ酸を他のアミノ酸に変えただけで、酵素分子全体の安定性が10℃以上高くなる場合があり、生命の巧妙さに驚かされる。本学の環境理学科には環境生命科学分野のコースが設けられており、我々の研究室では極限環境微生物の研究を通じて、環境と生命の係わりの諸問題を追求していきたいと考えている。

 



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平成13年2月9日掲載

第4回 「情報科学と自然科学のはざまで」

いわき明星大学 理工学部 電子情報学科教授 高重正明

 この年末年始は、20世紀最大の発明は何か、あるいは21世紀を担う科学技術は何かというような話題で賑った。ちなみに手元の雑誌をみてみると、20世紀最大の科学上の事件でありかつ21世紀においてもその研究の影響がもっとも大きいとされるのは、2000年6月発表の「ヒトゲノム読取りの終了」とある。ヒトゲノムとは人の細胞の中にあるDNAの配列のことである。そこには私達の体の設計図とも言うべき遺伝情報が書き込まれておりその解析が次の目標である。これは30億個の文字に匹敵する量であるという。新聞にすると20万頁、一日20頁として約30年分という身震いするような巨大データベースである。

 しかし恐れるには足らず、私達には超高速化した演算速度と超巨大化した記憶容量を持つコンピュータがある。おそらく既存の経験や知識をプログラミングした情報科学の「絨毯爆撃」的な手法により、この解析は強行突破され、その成果は遺伝病治療などに応用されて多大な恩恵をもたらすであろう。同時に倫理や法律面に変革を引き起こす可能性もあろうが。とにかくデジタル化されて、一旦コンピュータに取り込まれた瞬間、巨大データベースはそれ自体で恐るべきパワーとなる時代である。もちろんヒトゲノム解析のために生命情報科学(バイオインフォマティックス)と呼ばれる新分野も生まれようとしているほどであり、そこでは独創的な情報科学の手法も開発されるであろう。

 ところでこれは生物学や生命情報科学に限った話ではない。筆者の専門とする物理学や物質科学、さらには自然科学全般でも状況は似ている。今は、人間の脳味噌を絞り手を動かして物の本質は何かと問うこと−これは19世紀来の自然科学の方法である−よりも既存知識の範囲で全ての可能性をコンピュータで「シラミ潰し」に調べていく方が早く目標に到達できるのである。実際、実りある成果を得るには、いかにコンピュータが上手に処理できる問題を設定するかによることも多い。

 年が明けて新世紀ではあるがむしろ、古き良き19世紀は遠くなりにけり、という感慨を持つ懐古派も多いのではなかろうか。振り返ってみれば、世の中では手を動かしているうちの偶然の出来事から大発見が始まることは依然として多い。20世紀後半をみても、マゼラン雲超新星爆発からのニュートリノ物理学の勃興、高温超伝導体の発見、さらには昨秋ノーベル賞に輝いた白川英樹博士の導電性高分子の発見等々、偶然は依然、人類の進歩の原動力である。そして注意すべきは、既存の経験や知識のプログラムには、偶然性は含まれていないことである。

 懐古趣味や偶然に期待しすぎる怠慢から、デジタルデバイド(情報格差)を発生させてはならないが、未来を託すことのできる科学や社会をつくるには、情報科学の手法を取り入れつつ偶然から来る恩恵も見逃さない柔軟な発想のできる人材が必要と考える。私達のいわき明星大学も設立来15年目を迎え、本年4月から理工学部に環境理学科(従来の基礎理学科と物性学科を統合)と電子情報学科(従来の電子工学科を改名)という学科ができるが、このような人材が育てばとの願いがそこにこめられている。

 



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平成13年3月13日掲載

第5回 「期待される生体特性の研究」

      

―安全な運転への道―

いわき明星大学 理工学部 機械工学科 教授 桜井 俊明

 適度な振動と揺れ、慎重にハンドルを操作していることを尻目に助手席での惰眠、誰もが経験する状況である。これが運転者の状態であれば重大な事故に繋がる危険性をはらむ。20世紀最大の発明の一つである自動車は多大な利便性や快適性と引き換えに、多くの人命と社会的損失、環境問題をもたらしている。日本では毎年約1万人の犠牲者がでており、この損失額はある試算では5兆円を超える。人間が考え出した文明の利器ゆえに死傷の発生を零にする施策を探求するのもまた人間の英知ではなかろうか。今現在、何故多くの交通事故が発生するのか。

 一般的に事故は時間的経過の中で運転者の人間系(運転能力)と道路環境系・車系の運転要求レベルの間にマージンが取れない時起こるとされる。事故の原因は種々統計データから推察すると車の性能にはほとんど関係なく、人的要因で起こる、いわゆるヒューマンエラーに起因する。ぼんやりしていた、よそ見をしていた等事情調書の結果である。眠っていたとはつゆ告白できず、また瞬間に睡魔に襲われ認識がなかったかも知れない。かように理由が人的要因にも拘らず、これまでの車の開発はどちらかと言えばハード面、すなわち「走り曲がり止り」の車両側に重点が置かれてきた。これはこれで立派に安全走行に寄与してきた。翻って世の流れを見ると、この風潮は20世紀の工業技術を中心に物つくりを基盤に発展してきた事柄とも呼応する。21世紀はそれと共生してソフト面、すなわち人間(生き物)をもっとよく知る、大切にする、探求をすることが社会全体にも車の安全性にも必要ではないか。人間のエラーはどんな事象にも必ず生じる。エラー発生には事前に何か人間側から情報が出ているはずだ。その信号をキャッチして何らかの方法で注意を喚起すれば事故は未然に防げる、あるいは少しでも軽減できるのではないか。その信号とは、下図に示したように人間の生体特性である。例えば、脳波ではβ波の優位の間は元気だが、α波が頻繁に出れば朦朧とした状態であり、筋電図や眼球運動からよく動く間は健全だが、動きが鈍くなれば疲労状態であること等が知られている。このような生体特性を計測するためには現段階では複雑な計測機器を車内に搭載せねばならない。一案として次のように考えてはどうだろう。

@ シート、シートベルト、ハンドル等は運転中に常時運転者に直接接触しているゆえ、それらを利用できないか。シートから体の体圧分布による姿勢を、ベルトから心拍数を、ハンドルであれば指先の末梢血流動態を。
A新たにカメラ等の計測装置を追加し、瞬きや眼球運動、顔の表情のモニターなどを。
B運転前に脳波や血圧を計測することによって高齢者の安全運転確保、アルツハイマー病患者への客観的データの提示、運転中の疾患の予防等々。さらに従来の車両側からの情報、例えばハンドル角度の変化等を組み合わせて予防安全に寄与できるシステムの開発が可能と思われる。

 この開発を積極的に促すには賢いユーザーになることが必要条件になってくる。従来までは前述したハード面、馬力や気筒数はいくらか、ABSは装着しているかに注目するだけではない。ソフト面、すなわち環境や予防安全対策に対応しているか、人間を大切に扱い、生体特性研究開発の成果を反映しているかを車の購入する際の基準や目安にするのが条件になる。生体特性の解明、個人差の存在、センシング技術開発など課題や問題は多くある。これらを解決し、交通災害を零に持っていけるのではないか。その発振基地を"いわき"に求め、世界へ伝播しては如何だろう。兎にも角にもユーザーが賢くならねばならない。

「あら、そろそろ目的地ね」。突然助手席の妻が言った。「むむ」とばかり姿勢を正し、ハンドルをぎゅっと握り直し前方を見つめた。この瞬時の私の個々なる生体特性はどのように変化したかを計測してみたい。

 



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平成13年4月13日掲載

第6回 「電子顕微鏡による材料研究」

いわき明星大学  環境理学科 助教授 中田 芳幸

 材料研究によく用いられる透過型電子顕微鏡の原理は通常の顕微鏡と基本的に同じであり、単純であるが、電子顕微鏡が提供してくれる情報は貴重なものが多い。特に材料の強度に関しては、材料特有の微細構造が強度を決定する上で重要な要素であることが多く、そのため電子顕微鏡と材料の研究開発はきっても切れない関係にある。

 材料と一言で言っても金属からガラス、プラスチツク、セラミツクス等さまざまであり、それぞれ特徴的な性質を持ち、それぞれの特性を生かした形でいろんな用途に用いられている。特に金属は、陶器やガラスのように硬くはないので簡単に変形でき、しかもプラスチツクのように軟らかくないので、その用途は広い。ところで、茶碗やガラスのコツプは落としただけで、簡単に割れたりするが、なべは落としても壊れることはない。実際、多くの金属は容易に曲げたり出来るわけであるが、しかし中には包丁のように、使い方次第ではかけてしまったりするような硬いものもある。また、裁縫の針も同様で、大きな力を加えると曲がらずに2つに折れてしまう。針も針金も鉄で出来ているのにどこがどう違うのだろうか。さらに興味深いことに、針をガスコンロなどで赤く熱したあとでは針金のように簡単に曲がるようになってしまう。熱する前と後で何がどのように違うのだろうか。興味があれば、軟らかくなった針を再び熱し、まだ少し赤いうちに、すばやく水の中に入れてみてほしい。また、最初のように硬くなるはずである。

 同じ金属でもこのようにかんたんに性質が変わることを理解するには金属の変形の仕組みを知る必要がある。今、トランプカードが机の上に積み上げてあるとしよう。このトランプをマッチ箱を押し倒したような形にすることは容易に出来る。金属の変形もこれに似ている。金属は原子の集合体であるが、特定の面内で原子がぴったりくっついて、その面では1枚のカードのように一体として振舞う傾向がある。とは言うものの、実際の金属ではカードに相当する原子の面同士も引き合う力が働いているので、トランプのように原子の面を簡単には滑らすことは出来ない。そこで今度は、床の上に敷いてカーペットの登場である。カーペットが床にぴったりくっついている場合には隅を持って引っ張ってもなかなかずらすことは出来ない。このような場合、隅に少ししわを作りそれを少しずつ押しやるようにして反対の端までしわを移動させれば、最終的にはカーペットを少しずらしたことになる。このたとえは何かの本で読んだものであるが、荒っぽいようで原子の面がずれる本質をうまく表現できているように思う。

 金属の軟らかさの秘密はこのカーペットのしわのようなものが、少しの力で簡単に出来て、しかも簡単に動くことに起因している。ところが、途中に障害物がありこの動きが悪くなると硬くなる。どのような障害物がどのように分布しているかを一目で教えてくれるのが電子顕微鏡と言うわけである。飛行機は軽くなければ空を飛びにくいので、機体は一円玉と同じアルミを主とする金属で作られているが、しかし、アルミそのままでは軟らかくて航空材料には使えない。この場合も障害物を意図的につくり、強度の向上が図られているわけである。

 金属材料を例にして、電子顕微鏡が材料の特性の解明に有効であることを示した。一方、電子顕微鏡の方も単なる性能の向上に留まっている訳ではない。最近の顕微鏡では、分析機能を加えるとともに、電子線を1ナノ(1ミリメートルの100万分の1)以下に絞り込むことができるようになってきた。それによりナノサイズの極微小領域の分析が可能になってきた。材料開発もナノスケールの時代が来るといわれており、今後ますます電子顕微鏡が貴重な情報を提供してくれるのではないかと思われる。なお、写真は本学の現有する高性能の高分解能電子顕微鏡であるが、これとは別に、分析指向の新しい電子顕微鏡の導入が現在検討されている。もし実現すれば、本学の教育研究の活性化にとどまらず、いわき近郊の材料研究や開発にまで貢献が及ぶのではないかと期待している。最後に、電子顕微鏡は生命科学の分野でも計り知れない貢献をしているようであるが、紙幅の都合で割愛させて頂いたことをお断りしておきたい。

 



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平成13年5月12日掲載

第7回 「明日を拓くか?IT革命」

いわき明星大学 電子情報学科 教授 高山文雄

 IT(情報技術、情報通信技術)革命という言葉が盛んに使われたのが昨年の6月−12月ごろだったか、毎日のように新聞、テレビ、ラジオに出ない日は無かった。それを反映してか、(2000年の)いわき明星大学の秋の公開講座"インターネットに見るIT革命とその上手な付き合い方"の聴講生を募集したところ、200人以上の市民(高校生10数人を含む)からの参加申し込みがあり、3回の講座で毎回150人以上の方が熱心に聴講された。これほどの市民の参加を得たのは、ITがわからないと時代に遅れるという政府やマスメディアの宣伝のせいもあろう。政府は、今年度予算としてe―Japan(5ヶ年)計画のもと2兆円もの大きな予算を計上した。その骨子は@超高速ネットワークインフラ整備および競争政策、A電子商取引と新たな環境整備、B電子政府の実現、C人材育成の強化などである。最近県や市、学校主催の無料のIT講習会が開かれ始めたが、e―Japan計画による施策である。

 果たして"IT革命は明日を拓くのか?"を少し考えてみよう。IT革命は、コンピュータと通信回線を世界的規模で接続したインターネットを基にして、社会システムの変革が起こることをいう。これには、インターネットに接続した大中小のさまざまなデータベースの有効活用が基本であり、PC(パソコン)、モバイル端末(携帯電話、PHS)などを用いて、電子政府、電子自治体、遠隔教育、遠隔医療、電子商取引、エンターテイメントなどさまざまな分野で利用が期待されている(図)。IT革命の特徴は、ア)ワンツウワン(One-to-One)またはオーダメイド販売、イ)価格破壊、ウ)スピードが必要、エ)中間がいらなくなるなどといわれており、これまでにない新しい時代を予感させる。しかしながら、果たしてこれらが明日を拓くことになるのか。最近アメリカのハイテク企業株式市場ナスダックの株価下落現象は記憶に新しいし、日本でもIT革命を危ぶむ数多くの書籍が出版されている。IT革命を危惧する理由の多くは、ネット上の情報には危うくいかがわしい物が多い、あるいは電子商取引の安全性は高くなく、言われたほど儲からないといったことなどである。現にネット上に華々しく開店したバーチャルショップ(仮想店舗)も一部を除けば青息吐息という話もある。一方、インターネットの人口は4000万人を突破し、利用者はこれからも増え続けることや、ITで世界が結ばれたことにより好むと好まざるとにかかわらず、社会変化は起こると識者は考えている。たとえばITを利用して、世界の企業が投資対象となる国際会計基準の採用が推進されたり、良質で安価な製品や部品の受発注が世界的規模で行われつつある。これに乗り遅れることは企業の存亡にかかわると考えられ、企業はこぞってIT化を急いでいるのである。

 さて、"IT革命が明日を拓くか?"の問いに対して、イエスと答えたい。それには条件がある。閉塞感のある現代を夢のある社会にするためには、環境、経済、雇用、流通などの諸問題の解決が重要であり、それには政府および公共機関等の情報公開や、来るべきペイオフ時代に対処するためにわれわれの自己自立が欠かせない、このためにはITを駆使した信頼性が高くかつ高速な情報の流通が大きな役目を果たすだろう。これを実現するために、a)ネットワーク上の安全性の確保、b)高速な通信回線網の構築、c)安価な通信料での利用、d)利用者の拡大と情報モラルの向上などを解決する必要がある。

 なにはともあれITを認める認めないは個人の自由であるが、その可能性は使ってみて実感してみることが重要ではないだろうか。さらに付け加えるならば数値化(デジタル化)しにくいこと、たとえば人間と人間のふれあいが大切な青少年の教育や、お年寄りの介護など疎かにすることが無いよう常に心に留めて置く事が必要であろう。

 



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平成13年6月11日掲載

第8回 「いわき市における風力発電の可能性を探る」

いわき明星大学 機械工学科 教授 東 之弘

 1987年4月に開学したいわき明星大学は、教員の大半がいわき市以外から着任しており、開学当初からいわきの自然環境の良さ、食べ物のおいしさには十分満足していた。しかし、当時から教員の間でささやかれていた欠点があった。それが「風」である。

「風さえなければいい大学なのに…」

 「風」と言えば風車、そして風車といえば風力発電と、風を有効に利用するアイデアは数多くある。迷惑がられているこの風を、風力エネルギーとして、いわき市でも有効に利用できないだろうか。この夢を現実にしてこそ、地元に貢献できる工学系の大学となるであろう。ここではこの夢の可能性を探るために、小職研究室の卒業した学生や、いわき市の小学生たちが手伝ってくれた測定データについて検証してみよう。

 風力発電は、地球上に風がある限り発電が可能であり、太陽光発電とは違い、昼夜を問わない点が大きな強みになっている。しかし、風力エネルギーは風向や風速に左右されやすく、不安定なエネルギーであるということが難点であるのも事実である。これらの問題点の方が、利点よりクローズアップされて、日本では風力発電が実用化されなかったようにも考えられる。さらに、いわき市は、日本国内有数の日照時間の長い地域となっているため、太陽エネルギーの有効利用を優先しようとする考えが地元では通説とされている。いわき市のキャッチフレーズである「サンシャインいわき」がその代表であり、1999年に公表された「いわき市新エネルギービジョン」でも、いわき市は風力エネルギー利用よりも、太陽エネルギー利用を優先しようと結論付けてしまった。

 でも、いわき市では風力発電は本当に実現できないのであろうか?その質問の答えを出すには、とにかく「風」を調べるしかない。そこで開始したのがいわき市の風況調査である。まずは風況調査を行うために、協力してくれる機関を探し出すことが研究のスタートであった。私と学生は、広い場所に点在し、そして観測の手伝いをお願いできる施設として、いわき市内の小学校に依頼をしてみた。幸いなことに、複数の小学校から高学年の理科教育と組み合わせての計測協力を得ることができ、現時点では平地区にある平第一小学校、内郷地区の高台にある高坂小学校の2校に計測協力を依頼してある。さらに、太平洋に近い小名浜地区のデータとしては、小名浜測候所のデータを定期的に収集し、2000年度からは、いわき市役所の協力のもとで、いわきフラワーセンターでも計測を行うことになった。以上4箇所の外部施設に、本学図書館屋上を加えた計5箇所での風況結果を図1に描いた。

 1年間かけて測定した風況調査の結果は、四季を通して一定の方向から吹く風を明確に表しており、その風の強さも世間で知られている「風況マップ」の値以上であることを確認できた。  最近は、大型風車の性能も向上し、1000 kW級風車 でも毎秒3メートルの風速で回転するようであり、風力発電が十分期待できる風がいわき市には確かに吹いていたのである。

 風の力で発電機を回転させる風力発電は、風力エネルギーの約40%を電気エネルギーに変換できるという効率の良い発電であり、現時点での電力を生産するコストは、太陽光発電よりも数倍安く、ほぼ原子力発電並みの 10 円/kWh ともいわれている。そして高さ40m以上にもなる風車は、発電以外にも人を集めることのできる大きな広告塔であり、最近の計画では、1000 kW級の風車を数台並べる「ウインドファーム」と呼ばれる風力発電所の形態も各地に登場している。これらは、村おこし・町おこし的な要素を含み、地方公共団体の活性化事業としても位置付けられている場合が多いようだ。

 風力発電用の大型風車は、電力を作り出すことができるだけでなく、いわき市のシンボルにも成りえる設備である。この広大な面積を有するいわきの町は、「サンシャインいわき」だけを売り物にするのはもったいない話であり、ぜひ風力エネルギーと太陽エネルギーとを併用させたハイブリッドタイプの自然エネルギー利用発電システムを活用すべきである。

A: 平一小、B: 高坂小、C: いわき明星大、
D: 小名浜測候所、E: いわきフラワーセンター

 



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平成13年7月10日掲載

第9回 「二酸化炭素」

いわき明星大学理工学部環境理学科   助教授  楊 仕元

 二酸化炭素(CO2)という分子は実に奇妙な物質である。人類はじめ地球上のあらゆる生物にとって不可欠の物質であるにもかかわらず、近頃は地球温暖化の元凶のようにいわれ、半ば排除の対象のように扱われている。
 CO2は地球誕生のはじめ頃から大気の主成分としてすでに存在していた。地球が誕生したのは約45億年前、それから15億年ぐらい経つ頃までに原始地球大気中のCO2は主成分から微量成分へと変わり、ついには大気と海との炭酸物質の量比が1対50〜60ぐらいに落ち着いたようである。そして、現在の地球大気は約20%の酸素と約0.035%(350 ppm)のCO2が含まれる組成になっている。これが火山活動など無機的な諸々の活動だけでなく、主として、数十億年にもわたる地球上の生物の働きによるものだということを知っておく必要があろう。
 CO2は、独立栄養生物によって(光合成や化学合成で)固定されて有機化合物となり、その有機化合物は従属栄養生物によって(呼吸あるいは非呼吸で)分解されてCO2となり大気中に戻される。生物のこのような働きで循環しているCO2は炭素量にして年間約650億トンにも及ぶとされている。近年、化石燃料の大量消費によって大気中に放出されるCO2は炭素量として毎年50億トンにも達し、生態系による吸収能力を上回り、大気中CO2濃度の急速な上昇をきたしている。これが地球温暖化の一要因となる可能性が指摘されている。
 地球は太陽から主に可視光を受け入れて地表を暖め、地球からは主に赤外光としてエネルギーを放出している。そして、CO2のほかに水蒸気、オゾン、メタンなどがその赤外光を吸収し、宇宙への放散を遅らせている。この温室効果があるために地球の平均温度は現在の+15℃ぐらいになっているのであって、さもなければ−20℃ぐらいになってしまうであろう。もしこの温室効果がなければ、現在より30℃も平均温度は低くなる。地球に氷ではなくて液体の水が存在できるのも、CO2の温室効果などが大きく効いているからだといえる。
 大気中CO2濃度が上昇しているのは事実である(図)。このような急速な上昇例は過去100万年を見ても見当たらない。CO2濃度は、しかし、もっと古い地質年代を見ると、三億年余り前の石炭紀では、現在の10倍近い2,990 ppm もあったという。このとき、陸上ではシダのような植物が大繁茂し、その後これが地中に埋もれ、熱と圧力とによって石炭化したものと考えられている。こうして見ると、現代はむしろ酸素濃度が最も高く、CO2濃度が最も低い時代といえる。
 それでも、CO2濃度の上昇は人類の生存環境に多大な影響を与えると予想され、これを下げねばと、世界的規模の議論が行われている。CO2を吸収固定する物理的・化学的技術の開発が急がれているが、気をつけねばならないのはこうした技術は大概、エネルギーを投入しなければならないので、次第によっては最終的にCO2を吐き出してしまうようなものでは意味がなくなることである。ならば生物のもつ力に倣おうとすると、基礎研究にまた時間がかかる。せめてCO2排出量の抑制をと各国で努力しょうと話し合いをしても、足並みがそろわず、京都議定書の扱いをめぐっての各国の振舞いがその好例であろう。研究の種は尽きないが、なかなか難しい問題である。

 



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平成13年8月11日掲載

第10回「物質科学と「情報」の関り」

いわき明星大学理工学部電子情報学科 清水 文直

 ここで述べる物質科学の「物質」とは筆者の研究分野である電気・電子材料を指しているが、身近な例としてはライターなどの着火素子を思い浮かべるとよい。そのような物質は叩く(圧力を加える)と表面に電圧を発生し火花が飛んで火をつける役割をするので圧電材料という。これは金属のように物質内で電気を流すのではなく、物質の表面に電気をとどめておいて利用するものであり、専門的にはこのような材料を「誘電体」と呼ぶ。筆者は誘電体分野での物質探索研究を行っている。

 さて、誘電体材料は着火素子の他にはどのような利用があるのであろうか。宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」がハワイ沖でアメリカ海軍の原子力潜水艦に追突され水深600mの海底に沈んだ、という悲劇はわれわれの記憶に新しい。その関連ニュースの中で「ソナー」という言葉を何度か耳にされたと思うが、これは水中音波探知器を意味し、海上や海中で相手の発するエンジン音やスクリュウ音による圧力変化を着火素子と同様の誘電体材料で作ったセンサーでとらえるものである。着火素子は火をつけるという単一機能の道具であったが、ソナーは自ら超音波を発しその反射波から相手の方向や距離という「情報」を得ようする、より複雑な道具である。

 また、生体内に超音波を伝搬させて、誘電体を利用したセンサーでとらえる医療機器も使われている。定期検診の際、胃の内視鏡検査では少々苦しい思いをされることと思うが、膵臓などの直接内視鏡では覗くことのできない臓器に対しては超音波エコー検査が行われる。エコーとは反射波のことであり、その強弱を画像の輝度として断層像を描くものである。人体へは無害な強度の超音波が使用され、胎児の発育状態なども知ることができる。内視鏡カメラによる映像とは原理的に異なり、少々鮮明さに劣るが、我が子の映像という「情報」を母親に提供できるのである。

 比較的身近な応用例を紹介してきたが、われわれの研究に関連したことにも触れておく。原子1個分の大きさは約1A(1オングストロームといい、100億分の1メートルに相当する)であるが、原子レベルで物質の表面形状を可視化する原子間力顕微鏡という装置がある。誘電体材料はその表面を走査するための針(探針という)の動きを制御する道具としても用いられている。その針を物質表面に近づけることにより働く力が原子間力であり、その力による針のたわみ量が同じになるように表面を走査して、形状や凹凸の「情報」を可視化するのである。

 さらに、最近もっとも注目されているのは、薄膜誘電体のメモリー素子への応用である。誘電体材料の中には、その物質の表面に存在する電気量の符号を、外部から電圧を印加することで、反転できる物質(強誘電体という)が存在する。これは場所場所で+、−というように電気量の符号を変えて記録することが出来る、すなわちメモリー機能があることに他ならない。従来よりもノイズに強いとされるこのような信頼性の高いメモリー素子は、情報科学の分野で欠かすことのできない存在となるであろう。

 最後に、各種電子機器においてその性能を向上させるには、もちろん回路設計や電子技術の向上は必要であるが「より良い材料を見いだす」ことも重要であることを強調しておきたい。特性の良い材料を見いだすことで、価格を抑えたままでその装置の性能の飛躍的な向上が期待できるのである。材料を制するものは全てを制するのである。なかなか実用に結びつく結果を得るのは難しいが、そのような気概で筆者は研究を進めている。

 



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平成13年9月19日掲載

第11回 「ー宇宙へのかけ橋ー ロケットの開発」

いわき明星大学 理工学部 機械工学科 安野 拓也

 ロケットの開発を含む宇宙開発の詳細は意外にも一般的にあまり知られていない。日本の宇宙開発は,文部科学省(旧科学技術庁)の特殊法人である「宇宙開発事業団」と同省(旧文部省)の直轄研究所である「宇宙科学研究所(宇宙研)」が行っている。宇宙開発事業団は通信衛星や気象衛星等の実用衛星の開発を担当しており,種子島宇宙センターからH-Uロケットによって打上られる。宇宙研は月/惑星探査衛星やX線天文衛星等の科学衛星の開発を担当しており,鹿児島宇宙空間観測所からM-Vロケットによって打上られる。ここで,"文部省のロケットとは?"と疑問に思った方がいると思う。日本ではロケットの打上というと種子島つまり宇宙開発事業団を連想する場合がほとんどである。しかし,日本で最初にロケットの打上に成功し,日本初の人工衛星「おおすみ」を地球周回軌道に投入したのは宇宙研である。さらに,1971年以降にはM型ロケットにより 17個の人工衛星と2個の人工惑星を打上てきた。そして, 新世紀に向けてM-Vロケットを新規に開発した。筆者は,1990年より宇宙研にてM-Vロケットの構造材料の開発を担当しており,本稿では,このM-Vロケットの構造・材料系の開発と今後打上を予定している種々の科学衛星を紹介する。

 M-Vロケットの基本構成は,全備重量約130ton,全長約31m,公称外形2.5mの全段固体推進薬(固体燃料)を用いた3段式ロケットであり,地表から高度250kmの地球周回軌道に約1.8tonの衛星を運ぶことができる。

 先述のようにM-Vロケットは全てのモータに固体燃料を使用しているが,それを入れておく容器をモーターケースと呼ぶ。モータとは各段のロケットのことである。固体燃料はこのモーターケースの中で燃えてロケットの推進力となる高い圧力のガスを発生するので,モーターケースは丈夫でなくてはならない。しかしながら,ケース自体を厚くすると機体が重くなり打上性能を下げてしまうので,軽くて強い材料を使用する必要がある。そのため,M-Vロケットでは1,2段モーターケース用に高強度で壊れにくいHT-230Mというマルエージ鋼を開発した。この鋼で作った直径1mmの針金は230kgの重さの物体をつるすことができ,世界で最も高強度で壊れにくい金属材料である。この強度のおかげで,直径2.5mのモーターケースの厚さはわずか5.8mm(2段目)しかない。これらのモーターケースは耐圧試験中に低い圧力で破壊する等の数々のトラブルに見舞われたが,約10年の月日を費やし開発に成功した。

 そして,1997年2月に M-Vロケット1号機の打上に成功している。さらに,2000年2月10日10時30分,M-Vロケットの3回目の打上が行われた。筆者はいつものようにコントロールセンターで開発を担当したモーターケースのテレメトリーデータをチェックしていたが,点火後約30秒程で機体の異常に気がついた。1段目のモータ内圧が低下し,所期の速度と高度に到達しておらず,衛星を所定の軌道に投入することができなかった。これまでに13年間,ロケットの開発研究に携わり,国内外において20機以上の打上業務を担当してきた筆者が初めて体験した打上の失敗であった。当時,宇宙開発事業団のH-Uロケットも打上の失敗が続き,日本の宇宙開発が窮地に立たされたが,開発陣の多大な努力により,この8月29日に宇宙開発事業団が新型H-UAロケットの打上に成功し,今後の宇宙開発へ夢をつないだ。

 宇宙研も来年以降に精力的に科学衛星の打上に望む。2002年12月には人類初の太陽系の小天体からのサンプルリターンをおこなうMUSES-CがM-Vロケット5号機で打上られる予定である。さらに,2003年夏期に月の内部構造を解明する探査衛星LUNAR-A,2003年冬期には赤外線によって生まれつつある銀河や惑星系を見透すASTRO-F,2004年以降は太陽,水星,金星それぞれに探査衛星を送り込む予定である。

 簡単ではあるが,M-Vロケットの開発と今後の宇宙開発の展開を述べてきた。小職研究室では,現在もM-Vロケット5号機以降に使用される構造材料の改良研究を続けており,もし,来年以降にM-Vロケット打上の報道を目にされた時に,機体の構造材料の約70%がいわきのこの地で研究開発されたものであると思い出していただけると幸いである。

 



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平成13年10月13日掲載

第12回「糖鎖を切る酵素の医薬への応用」

いわき明星大学 理工学部 環境理学科 山浦 政則

 生命科学や医薬の分野では,21世紀はゲノム解析がひとつの新しい主役になることは間違いないであろう。ゲノム解析研究は,現在は同定された膨大な数の新規遺伝子の機能解明研究へとその焦点を移している。このゲノムに関係するポリヌクレオチド鎖(DNA, RNA),ポリペプチド鎖(タンパク質)は,既存のテンプレート(鋳型)やメッセージを忠実に複製,転写,翻訳してつくられる鎖であり,まさに不変性を身上とする遺伝情報の担い手にふさわしい顔を持っている。ある意味では非常にスッキリと整理され,一般に人々に受け入れられ易いステージにまで到達していることは事実である。しかし生命現象にはゲノム解析では明らかにされていない領域もある。

 そのひとつは,あらゆる生物に存在する第三の鎖としての糖鎖である。この糖鎖構造は,生物,組織,細胞の種類に対応して幅広い相違があるだけでなく,単一細胞でさえも,培養世代,増殖周期,環境因子の変化などに応じて変化する。すなわち,糖鎖が多細胞系の成立と維持に強く関わっていることを示唆している。

 糖鎖は,古くから細胞間の認識機構に深く関わっていることが知られていて,その構造も役割も多様で複雑である。ガングリオシドはシアル酸を含むスフィンゴ糖脂質であり,動物では脳に最も多く含まれ,生体機能との関わりが解明されつつあるが,まだ全容は明かになってはいない。その他のシアル酸誘導体も,抗ウイルス作用,分化誘導作用,免疫調節作用,抗腫瘍作用,ガン転移阻害作用,血小板凝集抑制作用など,重要な役割を担っていることが知られている。また,糖タンパク質の糖鎖の役割も見逃せない。

 このように糖鎖の生体での役割が急速に解明されつつあるが,糖鎖そのものが生体内であまり安定でないことや,その合成が難しいなど,直接医薬品等に応用することが難しいのが現状である。そこで最近注目されているのが,選択的な糖酵素の阻害剤である。もともと生体内では,いくつかの酵素が組合わさって糖鎖を構築したり分解しているので,酵素を選択的に阻害できれば,その酵素阻害剤を用いて有用な治療薬などの開発が期待できる。

 最近話題の酵素阻害剤は,コンピュータで設計され英国で発売となったインフルエンザ防除用の経口薬(対症療法剤ではない)である。ヒトには,上気道粘膜のシアル酸にウイルスをくっつける仕掛けでウイルスの侵入を防いでいる。しかし,インフルエンザウイルスは表面の被膜(エンベロープ)にシアル酸加水分解酵素を持っていて,この酵素によってシアル酸を分解してヒト細胞に侵入して増殖する。この治療薬はその加水分解酵素を阻害することによってウイルスの侵入を防ぐ。しかしながら,個人差やウイルスの種類により,免疫賦活剤やアレルギー疾患の治療薬と同じように誰にでも必ず効く薬ではないところが今後の課題である。また,αグルコシダーゼ阻害剤は,小腸でのショ糖の加水分解を抑制することによって,血液中の急激な血糖値の上昇を抑える効果があるところから,糖尿病の治療薬として10年程前から実用化されている。さらに現在,ガン,エイズウイルス,単純ヘルペス,BおよびC型肝炎ウイルスなどの治療薬として,さまざまなグリコシダーゼ阻害剤の効果が検討されている。

 我々の研究室でも,今までに確立した独自の合成的手法を応用して,地元企業との共同研究も成立し,最近理化学研究所からこの分野の研究助手が加わったこともあり,新しいグリコシダーゼ阻害剤のデザイン,合成,アッセイ系のプロジェクトを立ち上げた。楽しみなテーマである。しかし,あくまでも研究室の主役はいわき明星大学の学生(卒研生および大学院生)であり,新しいデータのほとんどは学生自身の手によるものである。世の中に感動と共感を呼ぶ努力を目標に掲げ,せめて研究室の学生達を本気にさせる魅力ある研究室であり続けたい。

 



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平成13年11月17日掲載

第13回 「統計学と森林科学の接点」

      

−産業連関分析と環境問題−

いわき明星大学 教養部 助教授 江尻 陽三郎

 我が国は24万haの森林を有している。これは国土面積のおよそ70%に相当する。このうちのおよそ40%が人工林である。この人工林の面積は、世界の人工林のおよそ10%を占める。我が国は世界有数の森林国なのである。

 一方、我が国は年間1億m3 前後の木材を消費する木材消費大国である。しかし、近年は、その80%を輸入に依存している。例えば平成12年の場合、輸入相手国は、カナダ(1800億円、27%)、米国(1400億円、21%)、EU(660億円、10.2%)、マレーシア(650億円、10.0%)、ロシア(620億円、9.6%)等々であり、輸入総額は6400億円にも達する。我が国の林業はこれらの国の林業と比べて、地形上の制約、高賃金等のため、著しくコスト高で、そのため、外材との競合に敗れ、昭和25年頃までは、ほぼ100%であった木材自給率は、その後減少の一途を辿り、近年では20%程度にまで低下している。

 一方、森林は炭酸ガスを吸収し酸素を大気中に放出したり、雨水を保水するなど、多様な環境保全機能(これは公益的機能と呼ばれる)を有している。我が国の全森林が供給しているこの公益的機能を貨幣価値に換算すると、例えば40〜75(兆円/年)程度と試算される。

 これらの公益的機能の恩恵は、特定の国民だけが受益するのではなく、広く国民全体が享受する。しかし、この公益的機能の価額は市場での取引き価格には反映されず、市場経済の競争原理にだけ任せておくならば、広い視野から国民の厚生を考えた場合、これを損なうおそれがある。それゆえ、この市場の欠陥は、所得保証、林業活性化のための補助金の支給等の政策的な方法により補完する必要が生ずる。しかし、これらの政策を実施するためには、均衡財政を前提とする限り、そのための財源が必要である。この財源確保のためには、新たな課税が必要となる。このとき、この補助金の支給は可処分所得を増やし、課税はそれを減らす。前者は各製品に対する需要を減少せしめ、後者はそれを増大せしめる。この需要の変化は各産業にそれぞれ負および正の経済波及効果を及ぼす。この波及効果の分析には、産業同志が原材料や部品の取引きを通じてどの様に結びついているかを表す、"産業連関表"と呼ばれる経済統計データが用いられる。

 下図は、どの程度の補助金を国内の民有人工林に支給したら、何年後に国民全体の社会的厚生(社会の豊かさを表す指標の一つ)がどの程度変化するかを、平成7年の国内産業連関表と本学のコンピュータを用いて試算したものである。同図は、適度な補助金を支給した場合、政策実施後10〜30年程度は社会的厚生が現在よりも低下するものの、それ以後は社会的厚生が現在よりも高くなることを示している。同図はまた、林業低迷の問題を環境問題の中で広く捉える場合、少なくとも、数十年単位のスケールで政策評価を行うことが必要であることを物語っている。

 また、木材の自給率の向上を図れば、当然貿易相手国との間の輸出入のバランスが崩れ、貿易摩擦等の問題が発生する。この場合、自国の木材の自給率の向上は、貿易相手国にとっても、また世界経済全体にとっても、その社会的厚生を低下させない、ということを理論的に実証し、相手国を説得する必要が生ずる。この理論的な論証のためには、国内の産業連関表を国家間に拡張した、"国際産業連関表"と呼ばれる経済統計データが必要になる。しかし、この国際産業連関分析と貿易の基礎理論と森林科学の3者の接合の試みはようやく緒についたばかりで、その手法は殆ど確立されていない。

 幸いなことに、本学には、教員の間にも、学生の間にも、このような海のものとも山のものともつかないような研究を許容する寛容な雰囲気がある。このような環境を大切にしながら、今後も研究を続けていきたいと考えている。

 



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平成13年12月18日掲載

第14回「空を飛ぶ虫たち」

いわき明星大学 理工学部 機械工学科 教授 須藤 誠一

 仙台からいわきに移り住み、もうすぐ10年を迎える。いわきの初冬は温暖で爽やかだ。陽だまりにはトンボやバッタが飛んでいる。
 私がいわき明星大学に赴任した平成4年、本学は既に第1期生を輩出し、大学の教育・研究は定常的な運営に入っていた。そのため、新任の私には研究室を新たに立ち上げるような予算は付かなかったが、世間一般の大学教員としての研究成果は求められた。これまで行ってきた研究を継続しようとすると費用がかかる。熟考し、サンプルが容易に入手でき、研究費をさほど必要としない「飛行昆虫に関する工学的研究」をメイン・テーマとし、卒業研究の学生に虫網を持たせた。

 トンボは、飛びながらえさを捕り、なわばりを占有し、交尾し、産卵するなど、空中生活に最も適応した昆虫で、極めて優れた飛行機能を有している。トンボを捕まえて観察してみると、頭は大型で、発達した複眼と巨大な口器をもち、首は細く、胸部には強大な筋肉を収めている。前後の翅はほぼ類似しており、翅の動きを巧みに制御することによって、トンボは前進、後進、空中停止を行える理想飛行体である。このような昆虫の飛行メカニズムを解明することができれば、工学的に利用可能であろうと考えた。

 大空を飛ぶ鳥を見て自由に飛行したいと望んだ人類は既に航空機を手に入れている。レオナルド・ダ・ビンチが飛行機の計画図を描き、リリエンタール兄弟がグライダーを作り、ライト兄弟が1903年に航空機の初飛行に成功して以来、人類は実に様々な航空機を開発し、アポロ宇宙船は月にまで降り立った。しかし、飛行昆虫の有する翼は、航空工学の常識とは異なる様相を呈している。たとえば、昆虫の翅表面にギザギザとした凹凸が観察される。一般に、航空機の翼表面は抵抗が小さくなるように非常に滑らかに仕上げられている。昆虫の翅は航空工学的特性が悪いのであろうか。風洞実験によって調べてみると、昆虫の翅は非常に優れている。その他にも、昆虫の翅には不思議な形態構造が多数観察され、そこには、人類の叡智を超えた沢山の宝が隠されている。

 赴任して後の数年間、私どもの研究室の学生は「いい大人が虫網を持って…」と半ば嘲笑の目で見られていた。しかし、彼らは逞しく、そのような批判を物ともせず、真剣に研究に取り組み優れた成果を上げてくれた。科学技術の基本である冷静な観察、客観的な計測、計測データーに基づく洞察とより良い理解を忠実に実行してくれたのである。たとえば、ノシメトンボやアキアカネの翅の翅脈分割のバーテックス力学の観点からの法則性の発見、はばたき周波数と質量を関係づける比例定数の決定、様々な飛行スペクトルの検証などは高い評価を得ることができた。現在では、他大学では有しないような先端的実験装置も整備され、研究室の活動の場が大きく広がった。

 そのような状況から、最近の研究活動は、飛行昆虫だけではなく、鳥類の飛行と羽構造の関係、魚類の鱗形状と遊泳の関係、植物種子のエアロバイオロジーなど、様々な生物運動に関する多様なバイオメカニクス研究を展開している。

 生命がいつどのようにして発生したかは誰にもわからないが、地球の太古の海に生命が誕生した。それ以来、化石から読み取れる生物は単細胞生物から多細胞生物へと進化し、棲息環境も海から陸へと拡大してきた。そして、昆虫はさらに空へと飛び立った最初の動物である。これらの生物は無限とも言えるような長い時間と資源の裏づけのもとに、その組織や構成要素を進化させてきた。このような生物の持つ様々な機能や機構を工学的観点から究明し、生命の仕組みをより良く理解し、工学技術に反映させることができるならば、新しい時代の理想的な技術革新に向かうことが可能となろう。いわき明星大学機械工学科は、果敢にも最初に大空へと飛び立った昆虫のように、新しい時代を担ってくれる活力ある学生の入学を期待している。

図:小さな昆虫である蚊の翅の表面凹凸形状

 



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平成14年1月12日掲載

第15回 「新たな抗生物質をめざして・・!!」

      

耐性菌の出現は地球からわたしたちへの警告か・・

いわき明星大学 理工学部環境理学科 専任講師 梅村一之

 1929年フレミングよるペニシリンの発見以来、抗生物質は医療に欠くことのできない重要な医薬品として利用されてきました。その結果、かつてヨーロッパにおいて黒死病として恐れられたペストや結核、さらにコレラなどの感染症の治療が劇的に改善されてきました。現在では、抗生物質は伝染病や食中毒などの感染症だけでなく、手術後の感染症予防からガンやエイズ、臓器移後の治療などに幅広く使われる医薬品となっています。こうしたことからペニシリンなどの抗生物質の発見は、レントゲンのX線やジェンナーのワクチンの発見などと共に医学史上最も重要な、そして20世紀を代表する発見の一つであると言われてきました。

 しかし一方で1960年代頃から抗生物質が効かない結核菌やブドウ球菌MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)の存在が世界各地から報告されはじめ、さらに1980年代になると最強の抗生物質として開発されたバンコマイシンさえも効かないVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの耐性菌が出現し、院内感染の拡がりと共に大きな社会問題になってきました。

 このような耐性菌は、健康な人にはほとんど害を及ぼしませんが、ガンやエイズあるいは透析治療などで免疫力が弱っている患者が感染すると根本的な治療方法がないため致命的となってしまいます。

 こうしたMRSAや VREなどの耐性菌の出現の背景には、抗生物質の乱用があると考えられています。本来の感染症治療の目的だけでなく、医療器具や傷口の消毒、さらには鶏や牛などの家畜の成長促進剤として大量に使われた結果、抗生物質に耐性を持つ菌が出現してきたのではないかと考えられています。例えば、患者が安心するなどの理由から本来あまり効果が期待できない風邪などに抗生物質を投与するなど、米国CDC(米国疾病管理センター)による調査では、抗生物質使用の約30%は不必要な投与であると警告しています。またヨーロッパではバンコマイシンと化学構造が似ているアボパルジンを鶏の飼料に混ぜ大量に使用した結果、VREが出現し、これが人に感染したのではないかとする報告もだされています。

 このように人類が手にいれた抗生物質という武器は、人々から感染症の恐怖を取り去ると同時に、その使い方からより強力な耐性菌の出現を招いてしまったのです。日本においても例外ではなく、こうした現状から感染ルートの解明や根本的な治療方法の確立と共に、抗生物質や殺菌剤を含めた医薬品の使い方に関する医療体制の見直しを求める声が広がりつつあります。

 現在問題となっている環境ホルモンやBSE(牛海綿状脳症:狂牛病)もまた、地球誕生以来育まれてきた自然界の仕組みを無視して、人間の都合による効率と便利さのみを求め続けた結果が、このような結果を招いているのかもしれません。

 こうした現状の中で私たちの研究室では、耐性菌を創りにくい新たな抗生物質の開発研究に取り組んでいます。チオストレプトン系と呼ばれる抗生物質の合成研究もその一つです。これらの抗生物質は、分子内に窒素やイオウ原子を多数含み耐性菌を創りにくいことが特徴ですが、化学構造の複雑さなどから、合成研究が進んでいませんでした。私たちは先ず始めに、より小さな分子構造からなるカルナミシンの合成研究から取り組み、初めての合成に成功しています。さらにいくつかのチオストレプトン系抗生物質の部分合成にも成功しています。これらの新たな抗生物質がどのような効果を発揮するかは今後の課題ですが、ガンやエイズそしてさまざまな病気や怪我に苦しむ人々を救う手がかりにならないかと、フラスコの中の小さな白い結晶に心踊らせる日々であります。

 20世紀、私たちは効率と便利さのみを求め続けてきた結果、この地球上にさまざまな負の遺産を残すことになってしまいましたが、こうした負の遺産問題を解決する手だてもまた科学の力に他なりません。科学技術に過信することなく、人と自然が調和してこそ豊かな未来が育まれるのだと考えています。耐性菌の出現は「地球から私たちへの一つの警告」なのかもしれません。今、私たちは如何に生きるかを問われているのだと思います。

 



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平成14年2月12日掲載

第16回 「ナノメータ微細化デバイスの行く末は」

      

― IT、AI を支える LSI ―

いわき明星大学 理工学部 電子情報学科 教授 井上 知泰

 最近ナノテクノロジーという言葉をよく見聞きする様になった。これは半導体デバイスや生物工学等に代表されるナノメータサイズの微細加工技術全般のことを表すものである。ナノメータ (nm) は 10 億分の 1 メートルである。

 一昔前は小さいものの代名詞はミクロン (百万分の 1 メートル) であったが、これはその千分の 1 で原子や分子のレベルに近い。常に小さく加工する技術の最先端を走り続けているのが半導体集積回路 (IC) である。それは数センチメートル角程度のシリコン板の上に写真焼付に似たリソグラフィ技術を使って、小さいトランジスタやコンデンサ等を沢山作り込み、それらを薄い金属膜で配線して全体で一つの電子回路システムを築いたものである。初期の IC はせいぜい数百個のトランジスタで簡単な基本回路を構成したものであったが、集積度が一万個を越える頃から大規模集積回路 (LSI) と呼ばれ、複雑な機能をもった回路が LSI 一個で作られる様になった。

 今では集積度が数 10 億個以上となり、最も細かく加工する部分は 70 nm 迄小さくなっている。LSI が高集積化すると電子装置が小型軽量になるだけでなく、動作が大きさに反比例して高速になることが重要である。現在 10 万円程度で売られているパーソナルコンピュータが昔のスーパーコンピュータと同じ位の能力であることから LSI の進歩が如何に驚異的であるかが分かる。筆者が 14 年前にいわき明星大学赴任時に購入したコンピュータは現在のものと比べると演算速度も搭載メモリ容量も約千分の 1 であったが、値段は 3 倍以上であった。その間に基本ソフトを MSDOS、ユニックス、リナックスへと変更した。

 また、従来はマイクロプロセッサやメモリ等と機能別にデバイスが作られてきたが、 これからはシステムオンチップと呼ばれる一つの LSI の中に全ての機能を収めたものに進化する。パーソナルコンピュータで言えば、持ち運びが容易なモーバイルから腕時計位の大きさの身につけて使うウェアラブルへと変化することになる。究極の微細デバイスは数 nm の空間に電子 1 個を閉じ込め、それを出し入れさせる単電子トランジスタまで進化する技術動向にある。

 また、DNA トランジスタ等の生物工学との連携からの新しい研究も始まっている。将来はトランジスタの様な 3 端子素子だけでなく、神経細胞 (ニューロン)の様な 2 端子素子の研究が必要となろう。

 ナノテクノロジーが進展すると情報技術 (IT) や人工知能 (AI) は現在よりもはるかに高いレベルに到達する。過去の事例に即した判断や的確な条件選択等が瞬間的にできる様になり、飛躍的な新技術が生まれるであろう。高度な技術は人間にとって便利な道具であるが、現実にはそれを真に有意義に活用するための応用技術が遅れている。立体画像を利用したゲーム機や映像技術等のバーチャルな世界の発展には貢献したが、現実と虚構の区別があいまいになるための精神面への悪影響が現れている。また、情報のセキュリティ技術が遅れているためインターネット犯罪、迷惑メール等の問題も発生している。便利な道具に頼り過ぎ、知恵を働かす努力を怠ると人間自身が退化する恐れがある。自分の頭で考え、実体のあるものを作り、そこから生まれる技を重視する姿勢が大切である。創造力こそ人間に固有の宝であり、芸術や教育・学問研究等は人間の仕事として永遠に残るであろう。


(写真の説明): LSI (DRAM) の表面とパッケージに入った製品

 



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平成14年3月12日掲載

第17回 「最新のコンピュータ数値制御技術」−滑らかな形状の加工に−

いわき明星大学 理工学部 機械工学科 専任講師 高 三徳

 従来の工業製品は,球や円柱や直方体などを少し変形しただけの形状のものが多かったが,最近は単に製品の機能面だけではなく,デザイン面,とくに人間と構造物とが向かい合ったとき,感覚的にも心理的にもリラックスできるような柔らかい感じが好まれる傾向になってきた。このため,家電製品をはじめとして,通信機器,自動車,電車,飛行機,ビルディングなどの工業製品の形は、滑らかな曲面で構成されるようになってきている。これは自由曲線や自由曲面と呼ばれる表現方法が開発され,3次元CAD(コンピュータ援用設計),3次元CG(コンピュータグラフィックス)やCNC(コンピュータ数値制御)システムに組み込まれてきた結果によるものである。

 自由曲線や自由曲面は,形状の表現性,制御性および接続性に優れ,すなわち設計者の意図する形状を忠実に表現でき,形状変更が容易で,複数の曲線や曲面の接続が滑らかであることが必要である。

 1960年代初頭に米国の飛行機メーカボーイング社のJ. C. Fergusonが,起点と終点の位置ベクトルおよび接線ベクトルを指定して,パラメーターに関する3次ベクトル式で曲線を表現する方式を考案し,これをNCテープ作成用の曲面創成プログラムとして実用化した。Ferguson曲線は,現在では使用されていないが,その後の自由曲線や自由曲面のルーツとして,その基本的な考え方は重要である。

 1964年には,米国のマサチューセッツ工科大学のS. A. Coonsが,曲面パッチの4隅の点の位置ベクトルと4つの境界曲線を与えて,その境界条件を満足する自由曲面公式を考案した。このCoons曲面は制御性と接続性に問題があったので,これらの問題点を解決するために,1960年代の後半にはフランスの自動車メーカールノー社のP. E. Bezier博士が,いわゆる特徴ポリゴンを与えることで自由曲面が作れる公式を発表した。この曲面公式の特徴は,デザイナーが目で見ながら接線ベクトルを変更することで意図する曲面が得られる点である。このため,今でも車のデザイナーには大変な人気がある。その後もSpline補間曲線・曲面やB−スプライン曲線・曲面,さらに制御性が改善された有理Bezier曲線・曲面,有理B−スプライン曲線・曲面が発表され,今日に至っている。

 自由形状の加工は,設計データをもとにして,NC工作機械またはマシニングセンターで行う。しかしながら,従来の直線近似方式によるNC加工法では,微小トレランス設定による工具経路補間点数の増加に伴うNCデータ量の肥大化,データ伝送時間の莫大化,NC演算装置の処理能力不足,NC記憶装置の容量不足などにより,表面形状の保証ができず,魚の鱗のような加工形状の手仕上げに,膨大な労力と時間を要する問題があった。このため,近年NURBS(非一様な有理B−スプライン)補間によるNC加工技術が開発されている。

 NURBSを用いると,平面,2次曲面,自由曲面を,対象とする全領域にわたって滑らかにし,かつ統一的に表現することができる。NURBS曲線で補間してNCデータにすると,数少ない制御点,重みおよびノット・ベクトルの変数を使って自由曲線を表現できるので,プログラムサイズを小さくでき,プログラム伝送速度を高速化する必要がなくなる。つまり,膨大なデータ量が削減され,しかもこれまでにない高精度加工ができ、きれいな加工面に仕上げられる。実際にミガキ・レス,すなわちミガキ工程の削減の実現も可能な状況になってきている。また,CAD/CAM(コンピュータ援用製造)のNURBS曲線で作成したデータが使え、6軸といった多軸制御加工での利用に対応でき、複雑な形状の製品が簡単に作製できる。

 具体的な報告を見ると,高速加工評価では60%の送り向上を達成,高精度加工評価では面粗さ12μmRzから6 μmRzと50%向上し,NCデータ量の評価では50%減少している。NURBS補間の効果は絶大といってよい。
 NURBS曲線補間ができる日本の主なNC装置と工作機械メーカーは,ファナック:15-MB/16-MC,牧野フライス製作所:スーパーGI,オークマ:スーパーHi2-NCなどがある。海外のNC装置メーカーとして,米国ではGE+FANUC,欧州ではSIMENSがNURBSに対応している。

 NURBS曲線補間に関するソフトは,トヨタ自動車+豊田工大:オフセット面作成,Unigraphics+職業能力開発総合大:Unigraphics Ver.13,Northwood Design Inc.:Metacutなどがある。

 いわき明星大学理工学部には,ファナック社の64ビットRISCチップ搭載のNC装置・ボード付けFANUC ROBODRILL αT14iAマシニングセンター(写真参照)が設置されており,カーボディの金型等のようなNURBS補間による滑らかな自由曲面の高効率・高品質仕上げ加工の教育・研究を教員、大学院生、企業関係者等が一体となって行っている。 

NURBS補間NC装置搭載のFANUC ROBODRILL
αT14iAマシニングセンター(いわき明星大学理工学部)

 



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