世界宗教の社会学入門 第10 回 (2002/12/5)
政教分離とアメリカ
テキスト:ウェーバー「支配の社会学 II」644-660
1. 日本の祭政一致主義
古代から戦前に至るまで日本の支配は宗教と政治が一体となった祭政一致主義でした。支配とは「命令に対する服従が見出される可能性」の事を言いますが、国家権力の支配を暴力団の支配から区別するのは、その命令の「正当性」を人々が信じるか否かにあります。人々は国家の命令に正当性があると信じて従いますが、暴力団の命令に正当性があるとは信じません。命令の正当性つまり命令を無批判に受け入れ、従うべきものと信じ込ませる力は宗教と教育の力です。ですから支配には政治の力(警察や軍隊による物理的強制力)ばかりでなく宗教(破門や説得による心理的強制)や教育(規律)の力が関わってきます。戦前の日本の権力者たちはその命令の正当性を天皇の宗教的神聖に依存していました。天皇を現人神として崇拝し、「教育勅語」や「国体の本義」を神聖なものとして無条件に受け入れるよう教育し、国家神道を制定したのも、すべてこの「正当性信仰」を養うために他なりません。つまり政治と宗教が一体となった祭政一致的支配は「正当性」の利害から成立したものです。
2. マッカーサーと政教分離
しかし、日本が太平洋戦争に敗れて、マッカーサーが日本を統治し憲法を作るに当たって、祭政一致主義は廃され、政教分離の原則が打ち立てられました。国家が特定の宗教に肩入れしたり、反対に宗教が国家権力を利用したりすることが法律よって禁止されまた。この結果、国家神道は解体され、天皇の神格は否定され、教育勅語と天皇崇拝の行事は取り止められ、国体教育は禁止されました。かわって信教の自由、良心の自由(不服従の自由)、思想の自由(批判の自由)が定められました。
3. 政教分離の起源
政教分離の原則は北アメリカの東海岸で生まれました。アメリカは信教の自由、良心の自由を求めて移住したプロテスタントの多数のセクト(教派)によって建てられた国です。プロテスタントのセクトは政治権力からの自由(宗教的強制をしないこと、良心の自由をすべての人に保証すること)を目的とする人権憲法を各州において制定しました。ここにおいて、史上初めて国家権力からの自由を保障する「人権」が成立し、その帰結として「国家と教会の分離」が確立しました。
4. アメリカのプロテスタント
アメリカのプロテスタントが「人権」や「政教分離」を生み出した第一の原因は、その団体原理が「教会」でなく「セクト」によって成立していることにあります。社会学的に「教会」とは「個人の意志とは無関係な宗教的制度団体」をさし、それが十分に発達すると心理的強制手段を行使してすべての人を包括する「教権制支配団体」となります。一方、「セクト」とは「個人の自由意志による宗教的自主団体」をさし、資格を有する者のみが選抜的に形成する閉鎖団体であると共に権力の強制を拒否する反権力団体の性格を持ちます。教会では聖職者(官職)が権威者として平信徒を指導し、成員間にタテ型の序列を形成しますが、セクトでは聖職観念が拒否され、職員は共同体のしもべとして仕え、成員間ではヨコ型の平等を形成します。
このようなセクトの団体原理は、当然、国家権力の強制や干渉からの自由を求めます。そして自らの宗教的資質を他の人に強制できないように、自分ばかりでなく他の人々の信教の自由と良心の自由も認めざるを得ません。プロテスタントのさまざまなセクトは、まだ国家権力が強くなかった開拓地アメリカで、自由な発展をとげ国家権力を制限する人権憲法の制定し、さらに国家と宗教の分離を確立したのです。