世界宗教の社会学入門 第11 回 (2002/12/12) 

儒教は宗教か

テキスト:橋爪大三郎「世界がわかる宗教社会学入門」p. 196-233,ウェーバー「儒教と道教」

1. 儒教には神も救いもありまんせん
儒教には神も救済の教えもありません。あるのは支配層(官僚)のための世俗倫理です。しかし、それでも儒教を宗教と呼ぶのは、祖霊と皇帝(天子)を崇拝しており、天の倫理的力(タオ)を信じているからです。中国官僚(士大夫)支配の正当性はこうした皇帝の天子信仰に支えられ、さらに民衆の呪術信仰(霊強制)を前提としていました。ですから、儒教は「超感性的力に関係する」宗教でもあるのです。ただし、宗教的要素を極小化したという意味で最も合理的な倫理でもあります。
儒教の中心的教えは「礼」と「孝」です。
とは対人関係のマナーに関する教え、つまり礼儀作法の事です。礼は人間関係の序列に基づいた、特に上のもに対する下のものの振る舞いの定めです。そして人間関係の最上に位置するのは皇帝であり、彼は天子、つまり天の使いと信じられていました。豊作や平和は天帝の徳の力、天災や混乱は天帝の不徳と見なされました。ですから皇帝は常に天に対して犠牲を捧げ、自らの徳によって民の福祉を守る者と儒教(孔子と官僚)は教えていたのです。とは親に対する尊敬、親の命令に対する服従を教えるものです。そしてその帰結は祖霊崇拝に行き着きます。中国では神社の代わりに祖廟が崇拝の場所として一般的です。
2. 日本の儒教倫理は宗教ではありません
儒教倫理は聖徳太子の頃から日本に取り入れられましたが、単なる倫理としてであり、宗教としてではありません。日本は皇帝ではなく天皇に支配の正当性を依存しました。中国の皇帝は永続的存在の神ではなく、そのカリスマ(力)が認められる間だけの天の代理人で、天災や戦争の敗北で交代するのは同然と見なされました。これに反して、日本の天皇は永続的存在の神であり、万世一系、決して交代しない最高権威者と信仰されてきました。日本の実際の権力者は決して天皇を廃することができませんでした。あくまでも天皇に委託された代理人として政治権力を行使してきたのです。
ですから儒教倫理が取り入れられたのは支配の正当性を支えるためではなく、倫理のない神道を補う手段としでありました。江戸時代の儒学も同様です。徳川幕府の支配の正当性は「天皇の任命」によって「征夷大将軍」として委託統治しているという大義名分です。儒学は武士の身分に古典教養の飾りをつけるためにすぎません。儒教は文人官僚の倫理ですが、決して武士の倫理になることは出来ませんでした。文人官僚は王朝が代われば、古い皇帝を捨てて、新しい皇帝につきます。日本の「忠臣蔵」のように一生涯一人の主人に忠誠を誓う倫理は存在しません。日本の武士道は主人に対する個人的忠誠を親に対する孝行に優先させてきました。反対に儒教倫理は皇帝に対する忠誠よりも親に対する従順が優先しました。