世界宗教の社会学入門 第12 回 (2002/12/19)
世界宗教の東と西
テキスト:ウェーバー「ヒンドゥー教と仏教」p. 456-474
1. 東洋(Orient)と西洋(Occident)の違い
世界宗教において東洋とはインドと中国の宗教、つまりヒンドゥー教、仏教、儒教、道教を指します。世界宗教の西洋とはメソポタミア周辺に発生した宗教、つまりユダヤ教、ゾロアスター教、キリスト教、イスラム教を指します。(ただし、もっと狭い意味に取ると、西洋はキリスト教、東洋はキリスト教以外の宗教となります。)この区別は以下の点からなされます。
(1)東洋宗教は神を崇拝しませんが、西洋宗教は創造神を崇拝します。
(2)東洋宗教は人格観念を未発達にしましたが、西洋宗教は人格観念を確立しました。
(3)東洋宗教は模範預言ですが、西洋宗教は使命預言です。。
(4)東洋宗教は知識第一ですが、西洋宗教は実践第一です
(5)東洋宗教は達人と大衆の身分を作りましたが、西洋宗教は両者を融合しました。
(6)東洋宗教は呪術を温存しましたが、西洋宗教は呪術を追放しました。
2. 永遠の宇宙秩序 vs. 命令する人格神
東洋の世界宗教において神は存在しないか、あるいは劣った存在と見なされてきました。代わりに第一の存在として信仰されたのは宇宙の秩序でした。インドでは輪廻転生(サンサーラ)や因果応報(カルマ)が宇宙の法則(ダルマ)と信じられてきました。中国では宇宙の倫理的秩序を天の徳と呼び、それを得る方法をタオ(道)と呼んでいました。いずれも非人格的存在としての宇宙秩序を超感性的な力の永遠の姿と信じていました。
一方、西洋の宗教は無から有を作り出す超越的創造神を前提としていました。そして、この神は人間に対して契約を結んだり、命令したり、怒ったり、愛したりする人格的存在と信じられてきました。神の命令を人々に伝える使命預言者はこの超越的人格神を前提としていたのです。
3. 法則の会得 vs. 命令の実行
東洋の世界宗教は宇宙秩序の知的把握を追い求めました。中国では文人官僚が古典教養の知的習得に励み、インドでは祭司や貴族の知識人が知的瞑想にふけりました。知識が目標となると、そこに知的達人(知識人)と知的凡人(大衆)の垣根ができます。古典に精通したり、知的瞑想にふけることのできない人に東洋の世界宗教は道を閉ざしました。ですから一般大衆はそれまでの民間信仰(呪術と生きた救世主信仰)に留まりました。
一方、西洋の宗教は超越神の命令を実行することに第一の目標が置かれました。聖典知識の精通ではなく神の命令である隣人愛の実践が、神秘的瞑想ではなく禁欲的労働が重んじられたのです。そしてこの超越神の前にすべての人間は大人も子供も、学のある者も無学の者も、救いへの道が開かれています。救いの道に身分的区別をもうけることを使命預言者は拒否しました。この宗教は大衆を呪術から引き離し、救いの道へと引き込んでいったのです。